【オカダ・カズチカ】レインメーカー完全攻略ガイド<全対戦成績、プロフィールetc>

選手名鑑

2024年1月末、オカダ・カズチカ選手が新日本プロレスを退団した。

2012年の「レインメーカーショック」から12年間、新日本プロレスのど真ん中に居続けた。オカダ・カズチカ選手が起こした「レインメーカーショック」とはなんだったのか? 何がすごかったのか?

世界からも注目されるオカダ選手の超人ぶりを、全対戦成績・プロフィールから改めて見てみたいと思う。

「プロレスラーは超人です。」そう言い切ったオカダ選手の超人ぶりを覗いてみよう。

オカダ・カズチカ

レインメーカー
団体新日本プロレス
ユニットCHAOS
生年月日1987/11/8 ( 37 才)
出身地愛知県/安城市
デビュー2004/8/29 ( 20 年)
デビュー戦ネグロ・ナバーロ
得意技レインメーカー、マネークリップ
身長191 cm
体重107 kg
血液型A 型
入場曲RAIN MAKER
Twitter@rainmakerXokada
Instagramrainmakerxokada
好きなものバス釣り、フォートナイト、カメラ、くりぃむしちゅー、フェラーリ

オカダ・カズチカのパラメータ

総合点 49/60点

オカダ選手は全てにおいて規格外の強さを誇る。

日本人として190cmを超えるプロレスラーは少ない。恵まれた体格を持ちながら、ロープワークでは、驚異的なスピードでリングを駆け巡る。ドロップキックのジャンプ力、破壊力は試合の流れを1発で変える。また、157kgあるジョナを投げる超人的なパワー。海外の巨体選手と対峙しても、全く見劣りすることがない。

さらに驚くべきは、その人智を超えたスタミナ。60分間の激闘でも、オカダ選手の動きが鈍ることはない。ケニー・オメガ選手との時間無制限3本勝負は、新日本のIWGPヘビー級タイトルマッチ史上最長の64分50秒を記録している。ただ、試合結果は負けている。ケニーもバケモノだ。この二人は、ただのスタミナという枠を超えて、驚異的な精神力の強さを示している。

また、オカダ選手のパフォーマンスは観客を魅了し続けている。入場時のレインメーカーポーズはもちろん、バックステージでのコメントも上から目線で煽りまくる。強すぎる上に、対戦相手を雑魚扱いする発言でヘイトを集める。そして、最高の試合をした後は、相手にリスペクトを送る。それもこれも、オカダ選手が強いからこそできるパフォーマンスだ。オカダ選手のラスボス感はMAX10だ

ラスボス感があるのに、ミニスカをはいてパンチラの雨を降らせることもある。

オカダ・カズチカの必殺技『レインメーカー』

オカダ・カズチカのムーブ

入場パフォーマンス

コーナーに登り、両手を広げて会場を見渡す。そして何かを呟いている。

レインメーカーポーズ

両足を広げ、両手を上に向けながら大きく広げる。

セリフ

  • ○○に金の雨が降るぞー!
  • 「プロレスラーは超人です」
  • 「特にありません」

先月までの最新試合結果

※新日本、スターダムでの試合限定
2024.7.1 ニューヨーク州エルモント
アンソニー・ボウエンズ
マックス・キャスター
棚橋 弘至
VS マット・ジャクソン
オカダ・カズチカ
ニック・ジャクソン
0:13:01 レインメーカー
2024.2.24 北海きたえーる
後藤 洋央紀
矢野 通
オカダ・カズチカ
石井 智宏
YOSHI-HASHI
VS グレート-O-カーン
フランシスコ・アキラ
マット・リドル
ジェフ・コブ
カラム・ニューマン
0:11:34 レインメーカー
2024.2.23 北海きたえーる
YOH
オカダ・カズチカ
YOSHI-HASHI
石井 智宏
VS グレート-O-カーン
フランシスコ・アキラ
カラム・ニューマン
ジェフ・コブ
0:10:55 レインメーカー

オカダ・カズチカの年表

年月日できごと
2004.8.29闘龍門のメキシコ・アレナコリセオでプロレスデビュー
2007.5.13新日本プロレス入団を発表
2007.8.26内藤哲也戦でプレ再デビュー
2008.4.12石狩太一戦で新日本プロレス正式デビュー
2010.1.31TNAへの無期限武者修行に向けて、棚橋弘至と壮行試合
2012.1.4レインメーカーとして凱旋帰国し、YOSHI-HASHIに勝利。『CHAOS』加入
2012.2.12オカダ・カズチカが第57代『IWGPヘビー級王座』初戴冠。レインメーカーショック
2012.8.12オカダ・カズチカが第22回『G1 CLIMAX』初優勝。最年少優勝記録を樹立
2012.12.10オカダ・カズチカがプロレス大賞最優秀選手賞を最年少タイ記録で受賞
2013.3.23オカダ・カズチカが第9回『NEW JAPAN CUP』初優勝。史上二人目の春夏連覇を達成
2014.8.10オカダ・カズチカが第24回『G1 CLIMAX』2度目の優勝
2015.11.15天龍源一郎の引退試合でオカダ・カズチカが勝利
2018.5.4オカダ・カズチカが棚橋弘至を破り『IWGPヘビー級王座』連続防衛記録V12を樹立
2018.6.9オカダ・カズチカが『IWGPヘビー級王座』最長保持日数720日を樹立
2019.3.24オカダ・カズチカが第15回『NEW JAPAN CUP』2度目の優勝
2021.10.21オカダ・カズチカが第31回『G1 CLIMAX』3度目の優勝
2022.1.4オカダ・カズチカが第4代『IWGP世界ヘビー級王座』初戴冠
2022.8.18オカダ・カズチカが第32回『G1 CLIMAX』2年連続4度目の優勝
2023.5.3オカダ、棚橋、石井組が『NEVER無差別級6人タッグ王座』初戴冠
2024.1.19新日本プロレスよりオカダ・カズチカが2024年1月末で退団することが発表

オカダ選手は、ゲームソフト『新日本プロレス 闘魂炎導 BRAVE SPIRITS』でプロレスを見るようになり、闘龍門に15歳で入門する。2004年でメキシコでデビューするも、「メキシコでやることがなくなってきた」ため新日本プロレスに再入門する。

2008年には、新日本プロレスを正式デビュー。2010年に、海外武者修行に向けて、棚橋選手と壮行試合を行う。「バケモノになって帰ってきます」とTNAへと旅立つ。

そして、2012年。オカダ選手は「バケモノを超えた存在」となって新日本プロレスに帰ってくる。凱旋帰国して早々に、棚橋選手の持つIWGPヘビー級王座のタイトルを奪ってしまう。「レインメーカーショック」である。そこからのオカダ選手は、記録も記憶もすべてにおいてプロレス界の中心に居続けている。

オカダ選手の残した記録を見てみよう。

タイトル記録
G1 CLIMAX最年少優勝24歳9ヶ月
優勝回数4回
NEW JAPAN CUP初出場最年少初優勝25歳4ヶ月
優勝回数2回
IWGPヘビー級王座最多連続防衛12回
最多通算防衛記録30回
最長保持期間720日
通算最長保持期間1790日
プロレス大賞最優秀選手賞5回
年間最高試合賞9回

『G1 CLIMAX』も『NEW JAPAN CUP』も史上最年少で優勝。
「IWGPヘビー級王座」に関しては、もはやオカダ・カズチカのベルトと言っていい。最多防衛記録も通算最長保持期間も持っている。2012年のレインメーカーショックから、2021年に「IWGPヘビー級王座」のタイトルが統一されるまでの9年間の間に、オカダ選手がチャンピオンだった日数は1790日。9年間のうち約5年間をチャンピオンとして過ごしている。恐ろしい。

さらに恐ろしいのはプロレス大賞だ。2012年から2022年の11年間の間で、年間最高試合を9回も獲得している。これはとんでもない偉業である。例えるなら、笑い飯がM-1グランプリを9回優勝するということだ。信じられない。オカダ選手がどれだけ最高品質のプロレスを、提供し続けてきているかを物語っている。

しかし、頂点に居続けてしまった結果、オカダ選手は新日本でやることがなくなってしまった。世界に旅立ち、世界でも偉大な結果を残してほしい。

オカダ・カズチカの全対戦成績

年別の勝利数、敗北数、引分数、勝率の推移。
TotalWinLoseDrawRate
16127368651145.7%
※集計期間:2007/5〜2024/9の新日、STARDOMの試合
合計試合時間393:43:39
平均試合時間 0:14:39

メインイベント回数の推移

年別のメインイベントの回数、メインイベント率をグラフ化。
メインイベント率が高いほど、メインイベンターとして重宝されている。
Main CountMain Rate
67041.6%

フィニッシュホールドTOP5

オカダ・カズチカ選手のフィニッシュホールドを集計してランキング。
RankFinishCount
1レインメーカー392
2マネークリップ19
3コブラクラッチホールド9
4レッドインク9
5エビ固め8

オカダ選手の勝率は、2012年のレインメーカーショック以降は、概ね50%を超える水準で推移している。2017年、2018年は落ち込んでいるものの、ここはCHAOSでのタッグ勝率が悪いことによる影響である。

メインイベントの回数は、2017年の80回が最高回数。オカダ選手は、年間の大会のほぼ半分でメインイベンターを務めていた。しかし、コロナを機にオカダ選手のメインイベント回数もメインイベント率も激減する。

フィニッシュホールドは圧倒的にレインメーカー。400回近いフィニッシュを飾っている。

オカダ・カズチカのシングルマッチ勝率

シングルマッチの年別の勝利数、敗北数、引分数、勝率の推移。
TotalWinLoseDrawRate
28618893565.7%
※集計期間:2007/5〜2024/9の新日、STARDOMの試合
合計試合時間89:53:22
平均試合時間 0:18:51

オカダ・カズチカのシングル対戦TOP5

オカダ・カズチカ選手とシングル対戦数の多い順でランキング。
RankPlayerRate
1棚橋 弘至1795352.9%
2後藤 洋央紀1587053.3%
3内藤 哲也1477050%
4YOSHI-HASHI131300100%
5カール・アンダーソン1165054.5%

シングルマッチの勝率は驚異的だ。2012年に77%の勝率になってから、下がっていない。なんならうっすらと上昇しているようにも見える。シングルプレイヤーとして、オカダ選手がずっと最強の地位を築いていたことがわかる。

これだけ勝率の高いオカダ選手だが、勝率が圧倒的というわけではない。いちばん対戦が多い棚橋選手には1勝の勝ち越し。後藤選手にも1勝の勝ち越し。内藤選手は7勝7敗の完全なイーブンとなっている。逆に、オカダ選手の勝率が低い相手としては、中邑真輔選手が勝率16.7%、ジェイ・ホワイト選手、プリンス・デヴィッド選手が勝率33.3%となっている。オカダ選手が勝てない対戦相手が、こぞって海外の団体に移籍してしまったのも、オカダ選手が新日本プロレスを離れる原因としてあったのかもしれない。ライバルである棚橋選手が社長となり、内藤選手がチャンピオンとなった今、オカダ選手は安心して世界に旅立てるに違いない。

オカダ・カズチカのタッグマッチ勝率

タッグマッチの年別の勝利数、敗北数、引分数、勝率の推移。
※2人タッグのみの成績
TotalWinLoseDrawRate
395146246337%
※集計期間:2007/5〜2024/9の新日、STARDOMの試合
合計試合時間83:08:46
平均試合時間 0:12:37

オカダ・カズチカのタッグパートナーTOP5

オカダ・カズチカ選手とタッグ組んだ回数順に、タッグパートナーをランキング。
※2人タッグのみの成績
RankPlayerRate
1YOSHI-HASHI1084464040.7%
2外道701753024.3%
3後藤 洋央紀25916036%
4石井 智宏231013043.5%
5矢野 通16123175%

オカダ選手のタッグマッチの勝率は低い。勝率30%程度を彷徨っている。

しかし、ときどき勝率があがるときがある。2015年は、外道選手・YOSHI-HASHI選手とのタッグ、2022年はYOH選手とのタッグ、2023年は棚橋選手とのタッグで勝率が多くなっている。

全体としては、同期であるYOSHI-HASHI選手とのタッグがいちばん多く、勝率は40%。ランキング上位は、CHAOSメンバーとのタッグがばかりだ。中でも矢野選手とのタッグは勝率75%となっており、かなり相性が良いタッグチームだったようだ。

オカダ・カズチカ ベストバウト

Twitter上のアンケートでのオカダ・カズチカベストバウトをご紹介。
NJPW WORLDで期間限定で無料配信されるらしいので、お見逃しなく!やっぱりケニーとオカダがみんな忘れられないみたい。

オカダ・カズチカ vs ケニー・オメガ
2017.1.4 東京ドーム 「IWGPヘビー級選手権」(NJPW WORLD 期間限定無料)

オカダ・カズチカ vs 柴田勝頼
2017.4.9 両国国技館 「IWGPヘビー級選手権」(NJPW WORLD 期間限定無料)

オカダ・カズチカ vs ケニー・オメガ
2018.6.9 大阪城ホール 「IWGPヘビー級選手権」(NJPW WORLD 期間限定無料)

オカダ・カズチカ 関連グッズ


オカダ・カズチカ RAIN MAKER SHOCK
オカダ・カズチカ RAIN MAKER SHOCK
2012年の1.4の凱旋帰国の試合から、2013年1.4東京ドームのIWGPヘビー級選手権の棚橋戦までの11試合収録
オカダ・カズチカ 10 Years Anniversary DVD
オカダ・カズチカ 10 Years Anniversary DVD
10周年記念アニバーサリー2枚組DVD。岡田のプレデビュー戦 内藤哲也vs岡田かずちかも収録
「リング」に立つための基本作法
「リング」に立つための基本作法
オカダ流の人生の極意。マインドを鍛えるスクワットや失恋話まで。しっかり読んだけど、全然オカダ・カズチカに近づけなかった。

まとめ

オカダ選手は子供の頃から、「やる」と決めたら、全て全力でやり切る少年だった。小学校の時には、長崎県の五島列島が気に入り、そこに住みたいと自分で決めて山村留学をする。中学では短距離100m走で愛知県8位に入賞。プロレスゲームをきっかけに、プロレスファンとなり、親の反対を押し切り、高校にも行かずに、一直線で「闘龍門」に入学する。

周りから何を言われようが、やると決めたらとことんやる。やりたくないことは、やらない。そうやって、オカダ少年はついに日本のプロレス界を極めてしまった。あらゆる記録を打ち立て、その超人ぶりを発揮した。

オカダ選手が次に向かうのは、世界のプロレスだ。オカダ選手が次に見せてくれる景色はどんなものなのか今から楽しみだ。

それでは、一緒に素晴らしきプロレスライフを!